September 15, 2009
だれかに あいたくて
なにかに あいたくて
生まれてきた――
そんな気がするのだけれど
それが だれなのか なになのか
あえるのは いつなのか――
おつかいの とちゅうで
迷ってしまった子どもみたい
とほうに くれている
それでも 手のなかに
みえないことづけを
にぎりしめているような気がするから
それを手わたさなくちゃ
だから
あいたくて
――工藤直子「あいたくて」
合唱コンが終わりました。準備期間も短く何かと大変でしたが、なんとか無事に済んで良かったです。高校の皆、お疲れ様でした!
しかも去年に引き続きうちのクラスが優勝を頂けて、凄く嬉しいです。正直無理だと思ってたっていうか、もうとにかく無事に最後まで歌えたら何だっていいや!という心境でした。G-durのアカペラ(「あいたくて」)なんか、終わる頃にはGes-durになってたらどうしようとか、真面目に心配してたんですけど(笑)
でも皆で一緒に本当によく頑張れたと思うし、順位自体よりもそれに値する音楽が皆でできたってことがやっぱり嬉しいかな。「あいたくて」なんかもう本当に感動したよ。クラスの皆に感謝。特に我らが素晴らしい指揮者達には大感謝。
私はまた課題曲(生徒が作曲したもの)の伴奏をやらせてもらったんですが、これがもう本っっっ当に難しくて難しくて、前日は指揮者と二人で病んで泣いてました(笑)どう解釈したらいいか分からなくて…。あの曲はシンプルで綺麗で、でもただ単に美しい訳でもなく。
考えあぐねた結果、もう素直に直球に行こうと決断し、イメージ的にはsempliceなのに演奏するとappassionatoになるという不思議な現象が起きました(笑)ていうかぶっちゃけ色々ムラムラネチネチとやりすぎましたごめんなさい(笑)
普段ソロで勉強している曲も、音源は一切聴かずに、楽譜だけを読み込んでさらうように指導されてるんですが、この合唱コンの課題曲ではリアルにそれを実践するので(所謂「初演」状態)、物凄くいい勉強になります。特にここ最近、自分の怠惰のせいでソロの調子が悪く、楽譜とちゃんと向き合えていない状態だったので、今回課題曲の伴奏をしたのは凄くいい刺激になりました。皆、やらせてくれてありがとう。そして自分の勉強の為に皆を利用してごめんなさい(笑)てか結局あんな出来でごめんね!
まあでも前日病みきったお陰で、当日はだいぶ幸せに弾けました。良かったよ本当に…。ご心配おかけしました。うん。でも正直9月始まってから色んな面で疲れたので、ちょっと休ませてください。
まあ皆本当にお疲れ!そしてありがとう。これからまたミュージカルでもよろしくお願いします。
因みに画像はプログラムの絵の実物。我ながら萎えますね(笑)あの絵は「手のなかにみえないことづけをにぎりしめている」と「月夜の晩に拾ったボタン」と「パラシュートを置いてきたこと」の複合でした。(絶対分からん。)
まあそれでは皆さん、げんきっき!!(内輪ネタ)
(13:35)
August 31, 2009
東京行きの夜行バスに揺られております。台風のさなかに果敢にも突っ込もうとしています。お、降りたくねえ…
夏休みも終わりですね。嬉しくて死にそうです。こんなに長期休暇が憎々しかったのは初めてでした。十日くらい前から急に寂しさの波に襲われ、全国に散らばる友人達に電話をかけまくり愚痴を吐きまくる(つっても3人くらい笑)という異例の事態が発生したほどでした。普段あんまり愚痴とか言わないのにな…実家という場所はどうもストレス(と呼んでいいのか)が溜まるところのようです。私にはね。
まあとりあえず、ぐっだぐだな一夏だったような気がします。
【ぐだぐだその1】ミュージカル編曲の締め切り2週間破りました万歳!(ヤケクソ)調子に乗って「今年は講習会とかないから時間あるし2曲やるよ~」とほざいてしまった罰です。何の根拠もなく所要時間を「一曲につき2日!」と見積もり、そんなに甘いもんじゃないと気付くのに時間はそうかからなかった…無意識のうちに、一日8時間くらいやる前提で考えていたようです(笑)できるわけねーだろそんなに!
という訳でクラスの皆様、大変ご迷惑をおかけしました…。しかもオーケストレーションがかなり酷いことになってると思います。ごめんなさい純然たる素人です。これからオケ練で適宜修正してい…けたらいいな…。
【ぐだぐだその2】譜読み むり しぬ。ベルクにドビュッシーにベートーヴェンにバッハにショパンにメントリに合唱コンの伴奏に…どれもこれも難しくて、ヤケクソになって極薄の無駄な練習を無駄に長くやり、荒んでました。
しかし時として現れる悦び。ベルクは前vnコンをメニューインの録音で聴いた時に、なんていうか心を鷲掴みにされ、以来不思議な共鳴(僭越ながら!)を感じつつ、ずっと彼の作品をやりたいなあと思ってたんですよ。そしたら先日師匠の方から「ベルクやらない?」と仰ってくださり、歓喜の極みでございます。
しかし難しゅうございます。(泣)20日かかってやっと最後のページに辿り着く始末。自称譜読みと同時に暗譜する派だったんですが、そんな派閥からはもう脱退しました。いいんです、もう何もかも捨てて彼についていきま…危ないのでやめます。
でも今やってる曲はどれもこれも、大好きだな。まあ私の場合いつもそんな感じですが。(笑)東京に戻ったらもうちょっと冷静に地道にやっていかなければ。
【ぐだぐだその3】本を山と持って帰ってきたのにあんまり読めず。読みかけの本がたまってきた…のだめと3月のライオンの新刊が発売されたのがいけなかったんだと思う(責任転嫁)
数少ない読破したもののなかで特にすんげー面白かったのは、下條信輔の「サブリミナル・マインド」(中公新書)かな。人間の潜在意識についての本で、心理学の入門書的な感じ。しかし名著。そして衝撃的。
あと、某先生お勧めの、ロラン=マニュエル著「音楽のたのしみ」。第2巻しか読んでませんが、面白かったです。多少音楽史が分かった気になりますが、試験では全く使えません。(笑)著者の博識っぷりに軽く自己嫌悪を覚えると共に、あらゆる時代や国のものへの感受性が少し開かれるような気がします。…気がするだけでしたか。
【ぐだぐだその4】文集の仕事終わらない。ていうか張り切って大量に引き受けたら大変なことになりました。でも言葉を扱うのは好きだから、楽しいですね。副委員長頑張ります。来春、私の文学的センスの皆無っぷりが全校生徒に知れ渡ることになります、乞うご期待。
まあ他にも色々ぐだぐだしたことはあったんですが、キリがないのでこのへんで。しかし分かったことは、やはりぐだぐだな時は、何かに一点集中でぐだぐだになるのではなく、生活全体に、総合的にぐだぐだになるということですね。逆に、ひとつのことにエネルギーを注ぎすぎても他のことは疎かになる訳ではなくて、そっちへのエネルギーも同時に引き上げられるということか。ある程度まではね。要は源泉がどっちの方向を向いているか、ということでしょうか。
まあ、これからがんばんなよ自分、ということですね。とりあえず東京に戻ったらミュージカルと合唱コンを頑張るので、みんなよろしく。
夏休みも終わりですね。嬉しくて死にそうです。こんなに長期休暇が憎々しかったのは初めてでした。十日くらい前から急に寂しさの波に襲われ、全国に散らばる友人達に電話をかけまくり愚痴を吐きまくる(つっても3人くらい笑)という異例の事態が発生したほどでした。普段あんまり愚痴とか言わないのにな…実家という場所はどうもストレス(と呼んでいいのか)が溜まるところのようです。私にはね。
まあとりあえず、ぐっだぐだな一夏だったような気がします。
【ぐだぐだその1】ミュージカル編曲の締め切り2週間破りました万歳!(ヤケクソ)調子に乗って「今年は講習会とかないから時間あるし2曲やるよ~」とほざいてしまった罰です。何の根拠もなく所要時間を「一曲につき2日!」と見積もり、そんなに甘いもんじゃないと気付くのに時間はそうかからなかった…無意識のうちに、一日8時間くらいやる前提で考えていたようです(笑)できるわけねーだろそんなに!
という訳でクラスの皆様、大変ご迷惑をおかけしました…。しかもオーケストレーションがかなり酷いことになってると思います。ごめんなさい純然たる素人です。これからオケ練で適宜修正してい…けたらいいな…。
【ぐだぐだその2】譜読み むり しぬ。ベルクにドビュッシーにベートーヴェンにバッハにショパンにメントリに合唱コンの伴奏に…どれもこれも難しくて、ヤケクソになって極薄の無駄な練習を無駄に長くやり、荒んでました。
しかし時として現れる悦び。ベルクは前vnコンをメニューインの録音で聴いた時に、なんていうか心を鷲掴みにされ、以来不思議な共鳴(僭越ながら!)を感じつつ、ずっと彼の作品をやりたいなあと思ってたんですよ。そしたら先日師匠の方から「ベルクやらない?」と仰ってくださり、歓喜の極みでございます。
しかし難しゅうございます。(泣)20日かかってやっと最後のページに辿り着く始末。自称譜読みと同時に暗譜する派だったんですが、そんな派閥からはもう脱退しました。いいんです、もう何もかも捨てて彼についていきま…危ないのでやめます。
でも今やってる曲はどれもこれも、大好きだな。まあ私の場合いつもそんな感じですが。(笑)東京に戻ったらもうちょっと冷静に地道にやっていかなければ。
【ぐだぐだその3】本を山と持って帰ってきたのにあんまり読めず。読みかけの本がたまってきた…のだめと3月のライオンの新刊が発売されたのがいけなかったんだと思う(責任転嫁)
数少ない読破したもののなかで特にすんげー面白かったのは、下條信輔の「サブリミナル・マインド」(中公新書)かな。人間の潜在意識についての本で、心理学の入門書的な感じ。しかし名著。そして衝撃的。
あと、某先生お勧めの、ロラン=マニュエル著「音楽のたのしみ」。第2巻しか読んでませんが、面白かったです。多少音楽史が分かった気になりますが、試験では全く使えません。(笑)著者の博識っぷりに軽く自己嫌悪を覚えると共に、あらゆる時代や国のものへの感受性が少し開かれるような気がします。…気がするだけでしたか。
【ぐだぐだその4】文集の仕事終わらない。ていうか張り切って大量に引き受けたら大変なことになりました。でも言葉を扱うのは好きだから、楽しいですね。副委員長頑張ります。来春、私の文学的センスの皆無っぷりが全校生徒に知れ渡ることになります、乞うご期待。
まあ他にも色々ぐだぐだしたことはあったんですが、キリがないのでこのへんで。しかし分かったことは、やはりぐだぐだな時は、何かに一点集中でぐだぐだになるのではなく、生活全体に、総合的にぐだぐだになるということですね。逆に、ひとつのことにエネルギーを注ぎすぎても他のことは疎かになる訳ではなくて、そっちへのエネルギーも同時に引き上げられるということか。ある程度まではね。要は源泉がどっちの方向を向いているか、ということでしょうか。
まあ、これからがんばんなよ自分、ということですね。とりあえず東京に戻ったらミュージカルと合唱コンを頑張るので、みんなよろしく。
(01:03)
August 19, 2009
(※いつにも増して長くイタいです)
探し物をしていたら小学校の頃の文集が出てきた。小5から小6に進級する際の「5年1組記念学級文集」みたいなやつ。私は小5の夏にアメリカから帰国し、その次の第二学期からそのクラスに転入したという訳で、文集の一番最後に私の文章が掲載されていた。題「友達」。
------------------------------
「今度五年一組に転校してきた●●●●です。よろしくお願いします。」
二学期早々、私は体育館のステージに立たされて、自己しょうかいをした。この時はまだ不安で、心配しているけれど、同時ににワクワクしている自分を感じた。(ワクワクの一部は、前にいたアメリカの学校の「一日三十分だけ昼休み」の方式とはなれられることだった。)
しかし、こんな心配はすぐにふっとんだ。その訳は、運動会にそなえての、組体そうの練習でとてもいい友達ができたからだった。
私はよく、「あの時私がすこしでも身長が低かったり高かったりしたら、私はいまここで一輪車を乗っていないだろう。」と思う。なぜなら、組体そうの二人組のペアは、身長で決まり、ペアになれたおかげで、「とてもいい友達」のKさんと出会えたからだった。
なぜ「一輪車に…」なら、Kさんは私のように一輪車に乗れなくて、いっしょに練習してくれたからだ。わたしはKさんと出会う前から、一輪車にちょう戦するつもりでいたが、私はあきっぽいので、すぐあきらめていたと思う。Kさんがいたから、ここまで上手になったにちがいない。今思い出したら、私は一回鉄ぼうを横ぎろうとしてこけて、足をすりむいたことがある。そして、いったんやる気をなくしたが、Kさんががんばる所を見て、また始めた。
他にも、Kさんは、宿題を手伝ってくれたり、私にとてもやさしくしてくれた。これからもずっと友達でいたい。
最後に:私がKさんに会って最初に思ったことは、「美人だナァー。」である。(ホンマに。)
------------------------------
衝撃のシメ!!
「すごく余計なことを言う」傾向はこの頃既に支配的だったようである。「美人だナァー。」じゃねーよ。ホンマに。どんな小5だよ。こんな小5だよ!そしてこの横柄さに爆笑。因みにこのKさん(勿論原文には本名を記載)は実際今でも良い友達です。
これが一年経ち、「卒業記念文集」を書く頃には更に悲劇的に。題「紅葉饅頭を五箱」。ていうかさくらももこの影響と人格の捩れが顕著である。あ、今もか…
------------------------------
「六年間の中で一番心に残ったことを―――」
先生がそう言った瞬間に、真っ先に頭に浮かんだ言葉はこれだった。
「修学旅行」。
十月二十四日は修学旅行の一日目だった。[中略]真っ赤な朝日が昇っていてとても綺麗だったのを覚えている。
学校に着いて、先に着いていた人、後に着いた人とわいわいやっていたら集合がかかった。校長先生が修学旅行の心構えを説明し、私が「見送りに来て下さった方々アリガトウゴザイマシタそっ、それでは行ってきます」の挨拶をして(セリフを半分くらい忘れて、適当にやった。ああ…)出発!
[中略]
新幹線の中では、「修学旅行のおやつ」を交かんしたり、写真を撮ったりして、凄く楽しかった。
それからバス。(バスに乗る前に私が「博多は北海道にある」と大ボケをかましてしまった一連の会話はぬかしておく。)バスガイドのあゆちゃん(って呼んで☆と本人が言っていた。)とクイズなどをやりながら平和記念公園へ向かった。
[中略]
夕食を食べて(楽しかった)、肝試しでは笑いころげ(楽しかった)、風呂に入り、お土産を買った。(紅葉饅頭を5箱抱えた姿を写真に撮られた。)そして就寝時間…後も布団の中で喋っていた。
[中略]
この修学旅行は一生心に残ると思う。なにしろ、最高に楽しくて、友達がいたから。
------------------------------
ええーちょっと自分どんだけひねくれてるんですか…しかもこの無駄な写実性と変なリズム感は何なんですか…
因みに小5の文章に比べて漢字の使用数が格段に増えているのは、この頃電子辞書というものが徐々に普及しつつあったからであって、私の国語力が上がったからじゃないと思われます。
続いて出てきたのは、アメリカで土曜日だけ通っていた日本人学校で書いた諸々の提出物。「わたしの読書記録」というものがいくつか。
前述の二つにも増して酷いです。というか酷いとしか言いようがない。因みにこの頃は日本語より英語の方が得意でした。(弁解)
------------------------------
【書名】若草物語
【作者名】ルイーザ・メイ・オルコット
【読んだ日】4/13~4/15
《あらすじ・感想》
この物語は、マーチと言うびんぼうな家族の生活の話です。[中略]この家族はびんぼうだけど、家、服、食物、お金などは持っていて(へいきん以下なだけ)楽しい生活を送っています。
私はこの本がとても気に入りました。[中略]もう一つの理由は、「日じょう生活の中のおもしろい出来事」を話していて、私はそういう話が好きだからです。
この本は、「小さな家」シリーズの「長い冬」の様にもう少しアドベンチャーがあったらいいと思います。
------------------------------
ふ、不朽の名作にいちゃもんつけてやがる!ていうか「日じょう生活の中のおもしろい出来事」を描いた話が好きなんだったら、アドベンチャーは求めなくて良いのでは…。ていうか「びんぼう」だの「へいきん以下」だの酷いよ…本当に酷いよ…
そしてもっと酷いのがあります。再び「わたしの読書記録」。
------------------------------
【書名】このかがやかしい日々
【作者名】ローラ・インガルス・ワイルダー
【読んだ日】4/27~29
《あらすじ・感想》
このお話しは、「小さな家シリーズ」の8刷目の本です。この話では、ローラはもうすぐ大人で、学校の先生になっています。家から遠い学校で、教えている間家にとめてくれる人たちはいやな人です。そんな時、週末に家に連れていってくれるアルマンゾが現れます。いろいろあって、3~4年後二人はけっこんしました。
私の好きな所は、ネリー・オルソンが表われた場画です。なぜなら、ネリーはローラとアルマンゾの間をじゃまして、アルマンゾをローラからとろうとして、すごくアノイイングだったので、アルマンゾにふられたからです。私はこの場面を読んで「ざまぁみろ」と言う感じでした。
このシリーズの最後の本、「はじめの四年間」も読んでみたいです。
------------------------------
「いろいろあって」「3~4年後」ってどんだけアバウトなんだよ…ていうかざまぁみろってお前…
因みに「アノイイング」は"annoying"で「鬱陶しい」とかそういう意味です。該当する日本語が分からなかったらしい。そして「8刷目」は「8冊目」、「場画」は「場面」の間違い。ていうかアルマンゾはちゃんと「現れ」ているのにネリーは「表われ」ているのは何故なんだろう。そしてそのネリーが「表われ」たのは「場画」だったのに、アルマンゾがネリーをふったのは「場面」だったのはどういう訳だろう。そんなにネリーが嫌いだったのかな…
ていうか若草物語だの小さな家シリーズだの、ほのぼの系名作が大好きでそういうのばっかり読んでたのに何でこんなに毒舌なの…?
結論:小5以来私は少しも成長していないようだ。
いやーしかしこんなに笑ったのは久しぶりだった…
探し物をしていたら小学校の頃の文集が出てきた。小5から小6に進級する際の「5年1組記念学級文集」みたいなやつ。私は小5の夏にアメリカから帰国し、その次の第二学期からそのクラスに転入したという訳で、文集の一番最後に私の文章が掲載されていた。題「友達」。
------------------------------
「今度五年一組に転校してきた●●●●です。よろしくお願いします。」
二学期早々、私は体育館のステージに立たされて、自己しょうかいをした。この時はまだ不安で、心配しているけれど、同時ににワクワクしている自分を感じた。(ワクワクの一部は、前にいたアメリカの学校の「一日三十分だけ昼休み」の方式とはなれられることだった。)
しかし、こんな心配はすぐにふっとんだ。その訳は、運動会にそなえての、組体そうの練習でとてもいい友達ができたからだった。
私はよく、「あの時私がすこしでも身長が低かったり高かったりしたら、私はいまここで一輪車を乗っていないだろう。」と思う。なぜなら、組体そうの二人組のペアは、身長で決まり、ペアになれたおかげで、「とてもいい友達」のKさんと出会えたからだった。
なぜ「一輪車に…」なら、Kさんは私のように一輪車に乗れなくて、いっしょに練習してくれたからだ。わたしはKさんと出会う前から、一輪車にちょう戦するつもりでいたが、私はあきっぽいので、すぐあきらめていたと思う。Kさんがいたから、ここまで上手になったにちがいない。今思い出したら、私は一回鉄ぼうを横ぎろうとしてこけて、足をすりむいたことがある。そして、いったんやる気をなくしたが、Kさんががんばる所を見て、また始めた。
他にも、Kさんは、宿題を手伝ってくれたり、私にとてもやさしくしてくれた。これからもずっと友達でいたい。
最後に:私がKさんに会って最初に思ったことは、「美人だナァー。」である。(ホンマに。)
------------------------------
衝撃のシメ!!
「すごく余計なことを言う」傾向はこの頃既に支配的だったようである。「美人だナァー。」じゃねーよ。ホンマに。どんな小5だよ。こんな小5だよ!そしてこの横柄さに爆笑。因みにこのKさん(勿論原文には本名を記載)は実際今でも良い友達です。
これが一年経ち、「卒業記念文集」を書く頃には更に悲劇的に。題「紅葉饅頭を五箱」。ていうかさくらももこの影響と人格の捩れが顕著である。あ、今もか…
------------------------------
「六年間の中で一番心に残ったことを―――」
先生がそう言った瞬間に、真っ先に頭に浮かんだ言葉はこれだった。
「修学旅行」。
十月二十四日は修学旅行の一日目だった。[中略]真っ赤な朝日が昇っていてとても綺麗だったのを覚えている。
学校に着いて、先に着いていた人、後に着いた人とわいわいやっていたら集合がかかった。校長先生が修学旅行の心構えを説明し、私が「見送りに来て下さった方々アリガトウゴザイマシタそっ、それでは行ってきます」の挨拶をして(セリフを半分くらい忘れて、適当にやった。ああ…)出発!
[中略]
新幹線の中では、「修学旅行のおやつ」を交かんしたり、写真を撮ったりして、凄く楽しかった。
それからバス。(バスに乗る前に私が「博多は北海道にある」と大ボケをかましてしまった一連の会話はぬかしておく。)バスガイドのあゆちゃん(って呼んで☆と本人が言っていた。)とクイズなどをやりながら平和記念公園へ向かった。
[中略]
夕食を食べて(楽しかった)、肝試しでは笑いころげ(楽しかった)、風呂に入り、お土産を買った。(紅葉饅頭を5箱抱えた姿を写真に撮られた。)そして就寝時間…後も布団の中で喋っていた。
[中略]
この修学旅行は一生心に残ると思う。なにしろ、最高に楽しくて、友達がいたから。
------------------------------
ええーちょっと自分どんだけひねくれてるんですか…しかもこの無駄な写実性と変なリズム感は何なんですか…
因みに小5の文章に比べて漢字の使用数が格段に増えているのは、この頃電子辞書というものが徐々に普及しつつあったからであって、私の国語力が上がったからじゃないと思われます。
続いて出てきたのは、アメリカで土曜日だけ通っていた日本人学校で書いた諸々の提出物。「わたしの読書記録」というものがいくつか。
前述の二つにも増して酷いです。というか酷いとしか言いようがない。因みにこの頃は日本語より英語の方が得意でした。(弁解)
------------------------------
【書名】若草物語
【作者名】ルイーザ・メイ・オルコット
【読んだ日】4/13~4/15
《あらすじ・感想》
この物語は、マーチと言うびんぼうな家族の生活の話です。[中略]この家族はびんぼうだけど、家、服、食物、お金などは持っていて(へいきん以下なだけ)楽しい生活を送っています。
私はこの本がとても気に入りました。[中略]もう一つの理由は、「日じょう生活の中のおもしろい出来事」を話していて、私はそういう話が好きだからです。
この本は、「小さな家」シリーズの「長い冬」の様にもう少しアドベンチャーがあったらいいと思います。
------------------------------
ふ、不朽の名作にいちゃもんつけてやがる!ていうか「日じょう生活の中のおもしろい出来事」を描いた話が好きなんだったら、アドベンチャーは求めなくて良いのでは…。ていうか「びんぼう」だの「へいきん以下」だの酷いよ…本当に酷いよ…
そしてもっと酷いのがあります。再び「わたしの読書記録」。
------------------------------
【書名】このかがやかしい日々
【作者名】ローラ・インガルス・ワイルダー
【読んだ日】4/27~29
《あらすじ・感想》
このお話しは、「小さな家シリーズ」の8刷目の本です。この話では、ローラはもうすぐ大人で、学校の先生になっています。家から遠い学校で、教えている間家にとめてくれる人たちはいやな人です。そんな時、週末に家に連れていってくれるアルマンゾが現れます。いろいろあって、3~4年後二人はけっこんしました。
私の好きな所は、ネリー・オルソンが表われた場画です。なぜなら、ネリーはローラとアルマンゾの間をじゃまして、アルマンゾをローラからとろうとして、すごくアノイイングだったので、アルマンゾにふられたからです。私はこの場面を読んで「ざまぁみろ」と言う感じでした。
このシリーズの最後の本、「はじめの四年間」も読んでみたいです。
------------------------------
「いろいろあって」「3~4年後」ってどんだけアバウトなんだよ…ていうかざまぁみろってお前…
因みに「アノイイング」は"annoying"で「鬱陶しい」とかそういう意味です。該当する日本語が分からなかったらしい。そして「8刷目」は「8冊目」、「場画」は「場面」の間違い。ていうかアルマンゾはちゃんと「現れ」ているのにネリーは「表われ」ているのは何故なんだろう。そしてそのネリーが「表われ」たのは「場画」だったのに、アルマンゾがネリーをふったのは「場面」だったのはどういう訳だろう。そんなにネリーが嫌いだったのかな…
ていうか若草物語だの小さな家シリーズだの、ほのぼの系名作が大好きでそういうのばっかり読んでたのに何でこんなに毒舌なの…?
結論:小5以来私は少しも成長していないようだ。
いやーしかしこんなに笑ったのは久しぶりだった…
(12:48)
July 31, 2009
人類の知能が何故か急に衰退しだしたっていう、よく分からん夢を見ました。実際夢に出てきた例を挙げると、山の風景(多分八ヶ岳)を見てもそれが何か分からず、リアルタイムで消えつつある語彙を必死に掻き集め、無理矢理繋げ、やっと「大自然」という認識が生まれた、というような。そう言えば、知能が衰退しだしたというか、言語回路がいきなり次々と切れ始めたって感じだったかも。
あーこのまま言語が無くなったら(多分意識下の思考や感受性は言語から来るので)、何も感じられなくなる=世界とのつながりが無くなる…でも逆に、言語を介さないもっと純粋なところで、色んなものに接せられるのかもな、でもそれも言語化できないんだったら意識できないから満喫できないし…とか考えてる内に、何故かぬるいリンゴジュースを友人2人と飲み始め、その辺りで目が覚めてしまいました(笑)なんたるオチ。
先日、留学先から戻ってきたばかりの友達から、「向こうでは言葉が全然通じなかったけど、その方が(言葉が通じている場合よりも)コミュニケートできてる気がした」みたいな話を聞いたから、こんな夢を見たのかもしれないですね。フロイト流に分析するとどうなるんだろう…。
しかしいつも現実を歪めに歪めた矛盾だらけの夢ばっかりなので、こうやって文章化できるものを見たってこと自体が凄く珍しいです(笑)本当に私の夢は酷いですよ。学校の人ばっかり出てきますが。
因みに今日の15分間睡眠(特技)で見た夢では、友人と学校の4階に行ったところ、廊下の床が抜けていてしかもその穴の両側の教室があるべきところが何故かショッピングモールのようになっていました。廊下の奥は石庭みたいになっていて、その石の中にはカントの『純粋理性批判』(岩●文庫)が埋まっていて、しかも私の記憶力不足のせいでタイトルが若干間違っていたという。方や穴の下には森が広がっていて、明らかにうちら地上50mくらいのところにいるよねみたいな。4階じゃないよねここみたいな。文章化すると本当に酷いですね。
本当にどうでもいいんですけど、先日兄(法学部所属)の部屋で『たのしい刑法』という本を見かけました。私の夢以上に矛盾してますよね。
あーこのまま言語が無くなったら(多分意識下の思考や感受性は言語から来るので)、何も感じられなくなる=世界とのつながりが無くなる…でも逆に、言語を介さないもっと純粋なところで、色んなものに接せられるのかもな、でもそれも言語化できないんだったら意識できないから満喫できないし…とか考えてる内に、何故かぬるいリンゴジュースを友人2人と飲み始め、その辺りで目が覚めてしまいました(笑)なんたるオチ。
先日、留学先から戻ってきたばかりの友達から、「向こうでは言葉が全然通じなかったけど、その方が(言葉が通じている場合よりも)コミュニケートできてる気がした」みたいな話を聞いたから、こんな夢を見たのかもしれないですね。フロイト流に分析するとどうなるんだろう…。
しかしいつも現実を歪めに歪めた矛盾だらけの夢ばっかりなので、こうやって文章化できるものを見たってこと自体が凄く珍しいです(笑)本当に私の夢は酷いですよ。学校の人ばっかり出てきますが。
因みに今日の15分間睡眠(特技)で見た夢では、友人と学校の4階に行ったところ、廊下の床が抜けていてしかもその穴の両側の教室があるべきところが何故かショッピングモールのようになっていました。廊下の奥は石庭みたいになっていて、その石の中にはカントの『純粋理性批判』(岩●文庫)が埋まっていて、しかも私の記憶力不足のせいでタイトルが若干間違っていたという。方や穴の下には森が広がっていて、明らかにうちら地上50mくらいのところにいるよねみたいな。4階じゃないよねここみたいな。文章化すると本当に酷いですね。
本当にどうでもいいんですけど、先日兄(法学部所属)の部屋で『たのしい刑法』という本を見かけました。私の夢以上に矛盾してますよね。
(00:41)